教科書に必ず登場する「金印」発見の話ですが、舞台が博多湾に浮かぶ志賀島であったことを覚えていますか。
金印には「漢委奴国王」と刻まれており、漢の皇帝が倭奴国王に与えたものと考えられています。この事実が示すとおり福岡は弥生時代から中国大陸と交流がありました。やがて玄関口の博多は貿易都市として栄え、最先端の大陸文化が次々と入ってきたのです。
その中心的な役割を果たしたのが今も博多に残るお寺や神社。まずは博多駅から「博多千年門」へ向かい寺社町エリアを散策しましょう。日本に根付いた文化の始まりどころだったことがわかります。
博多千年門のすぐ近くにあるのが「承天寺」。日本人の食生活ではお馴染みのうどん、そば、饅頭の発祥の地を示す碑があります。お茶は「聖福寺」を開山した栄西禅師が茶の種を中国から持ち帰ったことが始まりです。
ほかにも博多旧市街には歴史が長く由緒ある寺社がいくつもあり、都心とは思えないほど閑静な場所ばかり。山門や本殿の建造美、境内の庭や「博多べい」の趣などを楽しみつつご参拝ください。
博多駅から大博通りの西側は、商人の町だった博多の賑わいを感じることができるエリアです。「おくしださん」の愛称で親しまれている、博多総鎮守「櫛田神社」があります。
博多の夏の風物詩「博多祇園山笠」は、櫛田神社の奉納行事。「山笠があるけん、博多たい!」と言われるほど、博多っ子にとっては欠くことができない存在です。
江戸時代に描かれた資料を見ると、当時の山笠と町民たちの様子がよくわかります。驚くのは男たちが担いでいる山笠の大きさと派手さ。流(ながれ)と呼ばれる町内どうし、競い合いが生まれても不思議ではありません。
例年7月1日から15日にわたって行事が催されますが、この夏は残念ながらコロナの影響で来年に延期となりました。
今年は勇壮な「舁き山笠」を目にすることはかないませんが、櫛田神社の境内には、山笠と博多の歴史が学べる「博多歴史館」と、絢爛豪華な「飾り山笠」があります。また近くの「博多町家ふるさと館」や「はかた伝統工芸館」では博多の町文化を深く知ることができます。
長い歴史に育まれたからこそ今がある、博多の魅力をゆっくり楽しんでみませんか。
ユネスコ無形文化遺産登録
7月1日~15日に開催される博多祇園山笠は櫛田神社の奉納行事。山笠の起源は諸説ありますが、1241年承天寺を開いた聖一国師が疫病退散のため祈祷水をまいたのが始まりとされています。それが災厄除去の祇園信仰と結びつき神事として発展。770余年、博多っ子の心意気で守られてきた伝統行事として平成28年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
【七流】
流とは、豊臣秀吉が行ったいわゆる「太閤町割り」によって整備された町の集合体。自治組織のようなもので今も受け継がれている。博多祇園山笠の舁き山笠は恵比須流、土居流、大黒流、東流、中洲流、西流、千代流の七つの流で運営されている。
川や通り、現在も残る寺社の配置を見ながら、
昔と今を見比べて歩くと一層楽しめますよ。